三島小ダイアリ

葉月26日 五大陸最高峰登頂の日
1970年8月26日、登山家植村直己さんが世界で初めて五大陸の最高峰登頂に成功したそうです。ヨーロッパのモンブラン、アフリカのキリマンジャロ、南アメリカのアコンカグア、アジアのエベレスト。そして最後が北アメリカのマッキンリー。この業績などがあり、植村直己さんは、国民栄誉賞を受賞されています。
さて、23日に「いじめSTOP愛顔のこども会議」が
消防防災センターで行われました。
三島小学校からも3名の6年生が参加し、
三島小学校の取組を発表しました。
「あいさつ運動」「異学年交流」
「なかまコーナー」「きまりを守る」
の4つのことを発表しました。
その後、グループで話し合いを深めました。
2学期以降、
子ども会議で出された意見も取り入れながら、
よりいじめのない、思いやりいっぱいの
三島小学校になるよう頑張っていきます。
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8月24日(土)の10時から、土居町蕪崎の圃場(愛媛さといも広域選果場)で「学校給食米収穫祭」が行われました。三島小学校からは児童5名が参加しました。
4月27日に植えた苗が立派に育ち、たくさんのかかしに見守られながら作業体験を楽しみました。鎌を使っての稲刈り、足ふみ脱穀機を使っての脱穀、唐箕(とうみ)を使っての選別、ナワナイ機での縄作りや一升瓶と棒での精米など、昔の米作りの作業を体験しました。こうやって日本の食文化は受け継がれてきたのだなあと感慨ひとしおです。参加者はきっとお米一粒を大切にしていくことでしょう。作業した後は、自分でおにぎりを作っておいしそうに頬張っていました。
ぜひ、来年の田植えや稲刈りの体験に参加してください。おすすめです!

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上町公会堂の前に庚申堂と呼ばれる小さな社がある。
享保年間の飢饉の際、多数の村人が亡くなり、
その供養のため一堂を建立したと伝えられる。
享保4年(1719年)銘の青面金剛(しょうめんこんごう)が祀られている。
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三島神社の南東隅にある春日神社。
紙産業繁盛の神様として信仰を得ている。
春日神社と神との関係はよく分からない。
全国の主な春日神社のHPを見てみたが
紙との関係は書かれていない。
春日神社のおおもとの春日大社のHPにもない。
ただ、明治時代に春日講が紙業者の間で盛んになったそうである。
詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。
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葉月21日 パーフェクトの日
1970年(昭和45年)の8月21日、プロボウラー中山律子さんが、女子プロボウラーとして、初のパーフェクトゲームを達成したそうです。
さて、20日は全校登校日でした。
久しぶりの子どもたちの元気な声が響き渡り、
明るい笑顔が見られました。
夏休みもあと10日ほどとなりました。
宿題まだの人は、少しでもがんばりましょう。
そして、残り10日もけがなく元気に過ごしましょう。
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北校舎北側に
新しい玄関ができます。
地下道から登校する児童は、
ここから入るようになります。


東庭にあったポンプ室。
新しいポンプ室ができるため
取り壊されました。
《お詫び》
本日の全校登校日、給食センターからの配送が遅くなった、下校時刻が遅くなりました。申しわけありませんでした。
お知らせ

葉月19日
9月行事予定を掲載しました。
メニューの「行事予定」→「月行事」からご覧ください。
PDF版は下記よりどうぞ。
9月行事予定(PDF)
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葉月19日 バイクの日
いつもの流れから行けば、語呂合わせで「俳句の日」。もちろんそれもありますが、あえて「バイクの日」。1989年に総務庁が二輪車の交通事故撲滅を目的に制定したそうです。二輪車の安全運転講習会などが行われるそうです。
さて、先生の自由研究も7つ目になりました。
今回は、三島神社の境内にある「龍宝石(りゅうほうせき)」です。「鯛寄石(たいよせいし」)とも呼ばれています。この龍宝石には、次のような伝承が残されています。
「毎日、中曽根の庄屋、今村家に鯛を売りにくる漁師がいた。庄屋が漁師に、「この鯛は、どこからとってくるのか」と尋ねたところ、「余木崎の沖合に、竜宝のような珍しい石があり、毎日2匹の鯛が現れる」と答えた。そこで、庄屋は、その石を家の庭まで運んだ。「珍しい龍宝石」だと毎日、多くの人が見に来た。しかし、この石を運んでから、庄屋の家では不幸が続いた。そこで、拝んでもらったところ、「毎日きれいな海水を汲んで、石にかけ、海の神様を祀りなさい」とお告げがあった。庄屋は、毎日毎日、海まで水を汲みに行き、石にかけたという。庄屋がなくなったあと、子孫が、この石を三島神社に寄付したという。」
この時、庄屋さんが海の水を汲んで通った道は、「汐汲み道」として現在に伝えられています。
三島小ダイアリ
環境整備作業にたくさん参加していただき、ありがとうございました。
夏休みに入り、樹木の枝も草も伸び放題。また、先日の台風により、運動場には複数のえぐられたような水路。
そんな状態も、PTAの皆様の熱心な作業のおかげで蘇りました。また、6年生も力いっぱい働いていました。さすが、頼もしい。
この環境整備前には、少年野球の関係者が自主的に剪定や草引き土ならし等をしてくださっていました。本当にありがとうございました。また、PTA以外にも地域の方が作業に加わってくださいました。本当に感謝します。
それでは、ビフォー・アフターをご覧ください。


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伝福島正則奉献石灯籠
三島神社の本殿前にある磐座の中に、「福島灯籠」と呼ばれる石灯籠がある。
2基のうち向かって左のものが当時のもので、右のものは複製だと言われいる。
花崗岩でできていいて、円筒形の竿をもつ。竿は中央部が膨らみ竹をイメージさせる。
「社記」によれば、元亀2年(1571年)福島正則が伊予の領主となった時、三島神社に一対の石灯籠を寄進したと記されている。
家紋や寄進者、寄進年月日が施された跡があるが、磨滅していて確認できないとのこと。

三島神社境内、本殿の前に大きな石が並べられた場所がある。
それが「磐座遺跡」である。
「磐座(いわくら)」とは、古神道における巨石に対する信仰のことである。また、その信仰の対象となる巨石そのものを指すこともある。
原始時代の人々は、巨石、巨木、森、滝などを神が宿る場所として崇めていた。
また、神聖な場所に自然石を組み合わせ磐座をつくり、そこに神を祀り、神事を行っていた。
三島神社にある磐座は、1~2m前後の石材が数個、組み合わされている。
三島神社が創建される遥か昔から、この場所に神を祀り、神事を行っていた遺跡である。